調査研究

山縣有朋-日本近代史で再評価

『山縣有朋の挫折』 松元崇著  明治維新以降の地方自治の歴史
(日本経済新聞出版社・2800円)

慶応大学教授 土居丈朗
[日本経済新聞朝刊2012年2月5日付]

昨年末の大阪府知事・大阪市長のダブル選挙以降、地方分権への関心が高まりつつある。地方分権改革が進まない背景には、利害対立のみならず、歴史的経緯もあるようだ。本書は、明治維新以降の我が国の地方自治の歴史を山縣有朋を通じて描いたものであり、様々な視点から楽しめる。

1つには、元帥陸軍大将として軍部を司(つかさど)り、政党政治を批判する元老として政局に影響を与えた人物として有名な山縣の、違った一面を明らかにした点である。普通選挙を激しく嫌った山縣は、国政選挙より資格制限が緩く多くの人が投票できる選挙に拠(よ)る市町村の議会に権限を与え、これを立憲制の学校として国民意識を育もうと当初腐心した。しかし、政党が台頭し、地方へ露骨に利益誘導したり地方人事に介入するようになると、地方自治確立への山縣の熱意は失われていった。
2つには、今日にも名残がある中央集権的な制度が、どんな契機で形成されていったかを深く理解できる点である。山縣に見放された地方自治制度は、大正期以降、地方の貧困克服を狙いとして、国の救貧行政の拡大を通じて集権化していった。政党が中央官僚OBを町村長に据えて地方行政の効率化を図ろうとしたが、これによりむしろ地方は国の末端行政機関と化した。高橋是清は「自力更生」を目指す地方対策を試みたが未完に終わり、その後国への財政依存を高める結果となった。今日、地方分権を求める声が高まっていながらいまだ不徹底なのは、こうした第2次大戦前に打ち込まれた楔(くさび)の呪縛からまだ逃れていないからだと、本書は教えてくれる。
3つには、「地方自治」の真意は何かを、本書を読むことで改めて深く考えさせられる点である。明治維新当時、明治政府の統治体制が未整備だったが各地には江戸時代からの自治組織があった。そこには、国に依存する発想はなく、自らの制約の範囲内で自律的に地方自治を全うする姿があった。今日はどうか。地方分権といいながら、何かにつけ国のせいにし責任転嫁していては改革は貫徹しない。自己決定だけでなく自己責任の発想が、今日の地方自治に欠けていることを痛感させられる。

『山県有朋 愚直な権力者の生涯』 伊藤之雄著
(文春新書・1300円)

京大・伊藤教授の山県有朋の評伝
「まじめに仕事をした山県の下には共感した人材が多く集まった」と伊藤教授は話す。 萩市出身で明治の元勲、山県有朋をテーマにした評伝が出版された。陸軍、官僚を晩年まで支配した“悪役”との印象が一般的だが、明治維新で倒れた仲間への思いを貫いたことや何度も失脚の危機に直面した姿などが描かれ、着々と権力を獲得したとする従来の評価を見直す意欲作だ。

『山県有朋 愚直な権力者の生涯』。京都大教授の伊藤之雄さん(日本政治外交史)が同時代の手紙や日記などの一次史料を読み込み、心理面を掘り下げつつ8年がかりで書き上げた。

晩年まで元老として影響力を持った山県。そもそもなぜ老いてなお権力を?「維新の志を実現したかった。長州の仲間のためにも、最期まで近代化を成し遂げようとしたんです」。維新後、陸軍中枢に上り詰める中で、党利党略を優先するとみて政党政治を極端に嫌い、山県閥と呼ばれる官僚閥を築く。「専門家集団でなければ国をつくれないと考えた。植民地化を防ごうと、近代的な軍制改革を進めた功績は大きい」

伊藤さんが最も驚いたのはその優しい人柄という。特に征韓論争では、親しかった西郷隆盛への情に流され、木戸孝允の怒りを買い失脚のピンチに。「権力意志が強いと思っていたが、根底には優しさがある」。その性格が裏目に出て何度も失脚しかけるが、いずれも西郷、伊藤博文らの友情で乗り越えられたと明かす。